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王と影武者
投稿日 | : 2016/05/29(Sun) 13:43 |
投稿者 | : 夜羽 |
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カザンでの事件。あれは色々な意味で衝撃的な出来事だった
姫様と私では、おそらくあの魔神に対しての感情は違うものだったろうと思う
しかし
そんな出来事を払拭してしまうような出来事が
まさかムルマンスクに戻ってから起こるとは思いもしなかった……
− ムルマンスク宮廷・エカチェリーナの部屋 −
混沌災害後、カザンの魔神降臨事件から数日。
「 ―――― 」
エカチェリーナは、少し前に侍女にエレノアを呼ばせていた。
それを待っている様子だが、その表情は険しい。
ほんの少しの後。数回の軽いノックと共に扉の前から声が聞こえた。
「 エレノア、招聘に応じ参りました 」
待ち人、来る。
まるで待ちきれない子供のように、間髪入れずにエカチェリーナは返事をした。
「 お入りなさい 」
それを察したように、何も言わず足早に部屋の中に入るエレノア。
「 楽にしていいわ。そこにおかけなさい 」
エカチェリーナの勧めの通りに彼女は座る。
しかし、二人の間には沈黙が走る。空気は非常に重い。
その状態が幾分か続いた後……
「 ――――エレノア 」
「 はい 」
そんな状態の中、窓から外を見ながらエカチェリーナが話を切り出した。
「 このように、ノーザランはもはや変貌してしまいました 」
そう言いながら、エカチェリーナはため息を一つつく。
エレノアもまた、その場から窓を見て答える。
「 ……以前の姿は、最早欠片もございません 」
此度の混沌災害によって……ムルマンスクは溶岩地帯と化し、かなりの打撃を受けた。
その他の領も、少なからず打撃を受けているという報告を受けている。
そして、話を続けるエカチェリーナ。
「 私は、この国を救う義務があります。貧しくも、美しく、確かであった頃を 」
その瞳は間違いなく何かを見据えていた。遠い、遠い何かを。
「 私は、それにどこまでも着いて行く所存でございます。何があろうとも 」
エレノアは、あくまでも従者のスタンスを保つ様子である。
王と影武者(2)
投稿日 | : 2016/05/29(Sun) 13:47 |
投稿者 | : 夜羽 |
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しかし。
その言葉に反応したのかは分からないが、唐突にエカチェリーナがエレノアの方を向く。
「 ―――― エレノア 私は、何も知らないわけではありません。己の周りの事に関して。
かといって、それを開け放とうというほど、はしたない女でもありません」
「 …… 」
唐突に放たれた言葉に、エレノアは目を瞑り沈黙する。表情こそ変わらないものの、内心はおそらく穏やかではないだろう。
そんなエレノアを尻目に、エカチェリーナは話を続ける。
その瞳は、ある種の決意を露わにしていた。
「 私に何かあった時は 私の聖印を”奪い”なさい。そして、私を装いなさい。
その時は”私”という存在はこの世から消え去ります 」
「 ……同時に、”私”という存在も居なくなります。
あってはいけないことではありますが、今回のように不測の事態はあります故…… 」
淡々とした答えがエレノアから返ってきた。
「 ”貴方 ”は死んだ存在となるでしょうけれど、そう認識してもらえますわ。
その時は私は死んだことすら知覚されぬまま消えてゆく。誰にも認識もされないで 」
この事は、今は亡きイサーク王も想定していた。
そして彼女達ほど聡明な者が、それを想定していないはずなどあるはずもない。
これまでずっと、エカチェリーナの影武者として、エレノアを育てていた。
全て不測の事態に備えてのことである。
「 ……それが姫様の意向ならば、従うまでです 」
エレノアは相変わらず表情一つ変えず答える。あくまでも従者のスタンスを崩すつもりはないようだ。
しかし……
「 私が居なくあった後で構いません。ですがその幾重にも付けた仮面。いつかお外しなさい。 私は―――― 」
一呼吸置いて、エカチェリーナは意を決したように続きを言う。
「 ――――私にはもう、貴女しか いません 」
流石のエレノアも、その一言には驚きを隠せなかったようで。
目を見開いてエカチェリーナの方を見ていた。
「 …………知って、いたのですね 」
一瞬の沈黙ののち、重苦しい口を開いてエレノアは言った。
まさか知られているとは、欠片ほどにも思っていなかったのだろう。
「 蝶や花を追いかけているだけでいられるほど、甘くありませんもの。
お父様の隠し事を見抜けぬ程、浅くもありませんわ 」
普段から冷静沈着なエレノアを出し抜いたからか、少し嬉しそうな顔をしてエカチェリーナは話す。
反対に、観念したかのように溜息を一つつき、エレノアは話を切り出す。
「 ……王は、かつて私にこう言いました 」
− 問題なくとも、儂も何れ引退が近い −
− その時は、お前たち”二人”に国を任せたい −
「 ……本当なら、私は居るべき存在ではなかったのかもしれません 」
真剣な表情で話すエレノアの引きずられたか、エカチェリーナの表情も真剣そのものになる。
「 それであるのならば、私こそ最も不要たる存在 」
エカチェリーナはそういった後、胸に手を当て話を続ける。
「 兄君が出奔したのも、元はと言えば私の存在があってこそ 」
「 …… 」
エカチェリーナには、かつてヴィクトルという兄が居た。彼は7年前に出奔して以来、行方が分からなくなっている。
エレノアも話だけは聞いているが、彼女が来たときにはすでに出奔後だったのでその姿は見ていない。
なので、何も言えないでいた。
王と影武者(3)
投稿日 | : 2016/05/29(Sun) 13:46 |
投稿者 | : 夜羽 |
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そんな彼女の心境を知らずか、エカチェリーナは話を続ける。
「 過程になどこだわっていても意味などありません。
今ここにこうした結果があることには、結果を受け止めるしかありませんわ 」
「 ……そう、ですね 」
エカチェリーナの話に、肯定するだけで精一杯のエレノア。
彼女にしては珍しく、頭が回っていないのだろう。
「 現に、この国は ”結果 ”としてこのようになってしまっている 」
エカチェリーナはここで一旦話を切った。おそらく、エレノアを落ち着かせたいと考えたのだろう。
ほんの少し経って、落ち着いたエレノアが口を開いた。
「 姫様……いえ、あえてこの場ではこう呼ばせていただきます 」
一呼吸おいて。
「 姉様 」
その言葉に、今度はエカチェリーナが驚く番であった。
しかしそんな彼女に居も介さず、エレノアは話を続ける。
「 この結果を踏まえた上で、私たちにはこの国を……この混沌を浄化する義務があります。
お父様のためにも 」
その言葉で落ち着いたのか、エカチェリーナは普段通りの表情に戻る。
「 ――――ええ。そこで、本題がありますわ」
「本題、ですか」
二人の顔がこれまで以上に真剣なものに変わる。
「 ”どうやって浄化するか ”ということについて 」
「 姉様に心当たりは、ございますか? ないようでしたら、方々から情報を集めてみますが 」
エカチェリーナの言葉にすかさずエレノアは答える。
情報収集は話術と並んで彼女の最も得意とする仕事。彼女にかかれば早々集まらない情報はないが……
それを知った上でか、エカチェリーナは言った。
「 ――――あたりは付いています。実の所。
エレノア。多くのロードの、究極の目的は理解しているかしら? 」
「 皇帝聖印(グランクレスト)を求め、混沌を完全に浄化してしまう……まさか 」
ほぼ全てのロードの究極の目的。それはどの国だろうが関係はない。
―――― そこに野心があろうがなかろうが ――――
しかし、そのエレノアの答えに少し寂しげにエカチェリーナは微笑む。
「 ――――残念ながら、皇帝聖印を顕現させられるほど、ノーザランと私自身に実力がないことは理解できていますわ。
けれどそれは―――― ”大陸全土を覆う ”レベルであれば、の話 」
エカチェリーナは自嘲気味に話す。しかし、それを遮るようにエレノアも返す。
「 ノーザランのみを払拭するならば、それを可能にできる程度の聖印があれば……ということでしょうか 」
そのエレノアの言葉を待っていたかのように、エカチェリーナも話を返す。
「 私は王家の聖印を継承するものとして、《願望成就の印》を受け継いでいます。
レオノヴァ家がこの土地を統一し、支配できたのは、この願望成就の印があってこそ。そう父から聞いていました。
かつてこの土地は、レオノヴァ家初代当主によって、混沌が滅されたと 」
その話はエレノアも前王からよく聞かされていた。
それ故に、答えに辿り着くのは容易だったのだろう。
「 ……始祖になぞって、この状況を打破する。そういうことですか 」
その答えは、エカチェリーナに危惧の表情を呼び起させた。
「 ええ……本来であれば、みだりに使われるべきものではありません。
私の持つ本当のその力が外に知らられれば、国ごと狙われる事もあるでしょう。
ですが、ペルミ領主のあの力と同様に、必要な時には振るわなければならない 」
ペルミ領主ルフェリット=カッフェベルク。その名が出た時、エレノアは困惑の表情を見せた。
彼女ははっきりとは見ていなかったが……カザンの事件で彼が見せた力はまさに”天を割る ”と言うに相応しいものだった。
「 確かに、そうでしょう 」
困惑しながらもエレノアは言葉を紡ぐ。
「 そのためには、姉様は、その事だけに注力してくださいませ。
その他の雑事……特に、対外的なことは、私が全て引き受けます 」
元々彼女が率先して処理していた分野である。
今まで以上に事は大きくなるかもしれないが、それは承知の上でのことなのだろう。
王と影武者(4)
投稿日 | : 2016/05/29(Sun) 13:45 |
投稿者 | : 夜羽 |
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「 まるで、花と根の関係ね――― 」
エカチェリーナがぽつりと呟いた。
「 しかし理想の関係だと思います。掛け値なしに 」
そんな呟きにエレノアは答える。心なしか嬉しそうに微笑みながら。
半面、エカチェリーナは若干渋い顔で返答を始める。
「 一方は目立つばかりで、一方は一方の為に働き。
そして、花は散れども、根は残ればまた花は咲く 」
そういって、エレノアの方をじっと見るエカチェリーナ。
「 エレノア 」
「 はい 」
一呼吸おいて、話を続ける。
「 私には 貴女の姉である資格は きっとないでしょう。けれど…… 」
エカチェリーナはそう言い、包み込むようにエレノアを抱きしめる。
対するエレノアは、抱きしめ返しその言葉を遮って……
「 ……姉様は、私の大事な家族で……そして、仰ぐべき主。
たとえ世界が敵に回ろうとも、私だけは姉様の側にあり続けます 」
静かながら、何よりも強い意志をもった言葉。
エカチェリーナは、それを受けて少々戸惑っていた様子だった。
「 エレノア。私は貴方が受けてきたこと、引き受けてくれたことの報いを返し切ることはできないでしょう。
それでも―――貴女が大事な家族と言ってくれるのであれば、私は己の身を削ることも厭いません 」
そう言って、さらにエレノアを強く強く抱きしめるエカチェリーナ。
そんな彼女に、ぽつりと一言エレノアが漏らす。
「 ……一つだけ、お願いがあります 」
「 何かしら 」
何かを思い出すように。
それでも振り絞るかのように。
エレノアはゆっくりその願いを口にする。
「 今日のように、二人だけの時はエリーとお呼びください。お父様も、そう呼んでくださってました 」
妹の願いに、少し目を丸くしたエカチェリーナであったが、すぐに憂いと愛おしさの混じった笑みを浮かべながら言った。
「 ええ、分かったわ。
―――エリー 」
「 はい、姉様 」
そして二人は、しばらくの間抱き合っていた―――
長い間だったかもしれない。短い間だったかもしれない。
それは誰にも分からなかった。当の本人たちでさえも。
そして、どちらからともなく抱き合っていた身体を離し……
「 エリー 」
「 はい、姉様 」
「 少し、一人になりたいの。その間、政務を頼めますか 」
混沌災害も含め、色々なことがありすぎた。
色々考える時間は必要だろう、とエレノアも思った。
「 分かりました。あまり、思いつめない程度に。
もし外に出る時は一言声をかけてからお願いします 」
「 ええ、分かったわ 」
「 では、失礼します 」
そう言って、エレノアはエカチェリーナの部屋から退出した。
「 お父様は何も残してくれなかった。始めはそう思ってばかりいましたけれど……
これに関してはお父様に感謝しなくてはいけませんわね。
まったく、良い妹を残してくれたものですわ 」
普段見せないような笑顔で呟くエカチェリーナ。
「 こうなった以上、私もこの目で色々見て回らないといけませんわね。
手始めはノリリスクにでも行くとしましょうか 」
極北の国ノーザラン。
此度は、混沌によって混乱の渦に巻き込まれた。
しかし、新しき王の瞳はまだ希望を失ってはいない。
――― 未来はきっと、その手にある ――― ある予知魔法士の言葉
この言葉が現実になるのも、そう遠くはないのかもしれない。
※このSSは、CMとのシークレットログを元に加筆、修正してお送りいたしました。