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その時、煌きの空へ
投稿日 : 2016/06/09(Thu) 16:05
投稿者 stephanny
参照先
 セシルは乗騎とともに熱と共に煌めく河を眺める。
 声は聞こえていた。多分そこに居る。
 取り返したからか、それとも最初からそこに居たからかは分からない。
 だがそこに彼女がいるという実感があった。
 自分の邪紋が煌めいている。
 最初は只々報復のためだった。
 負けるということで失った自分自身、それを勝つ事で奪い返したかった。
 その想いは今も変わっていない。その上、奪い返す機会まである。
 彼の右胸から腕に刻まれた邪紋は溶岩の煌きより弱いながらも力強く光っている。

 武器はある。
 今は武器がある。
 極めて力が大きいだけで何も搭載していないに等しい邪紋。
 理想の自分など何も無い。ただ負けたくないという強い想い。
 まるで目の前の溶岩の大河のような、何者にもなっておらず、しかし混沌そのものの状態のような自我。
 彼はそこに飲み込まれ今まさに、逆に刻む事で彼女を、自分を 作り変えようとしている。
 変わっていない今、熱いだけの今だから出来る事がある。そう思っている。

 勝算はある。確率上極めて弱いものかもしれないが それはゼロではない。

 ならばそこに賭ける以上はない。理論上は可能だ。

 声は聞こえていた。彼女の声は近づくにつれ大きく聞こえていた。
 一つになるためではない。一つになるものを求めるためではない。
 セシルは理解していた。聞いて欲しいから声を出していたのだと。
 聞く自我が溶けてしまっては、その声は存在しなくなる。
 だから自分はいる。

 眼前へ迫る熱。
 決意は乗騎へと伝わり、乗騎の決意もまた鞍上のセシルに伝わる。
 人馬一体という。しかし 人は馬でなく 馬は人でないから一体となる。
 セシルは彼女の声を聞く。
 そして、聞いて欲しいから声をかける。
 熱に飲まれるその一瞬。

 全てを塗りつぶすような熱と痛みがセシルへと襲いかかる。
 だがセシルはそれを知っている。何故ならその熱と痛みは自分そのものだからだ。
 感じる主体無くしてどうして痛みを感じれようか。

 彼は手放さず、乗騎とともに煌きの大河へと潜り込む。

 ここだ おれは ここにいる

 声となっているのか、ならないのか、だが声高く深く、進んでいく。
 熱の奥へ、彼女の居る方へ、聞いて欲しい声を発する方へ。

 彼の身体を、感情を、理性を、無数の溶けた肉体の熱が、想いが、情報が覆う。
 だが彼は、乗騎は歩みを止めない。いや、煌ける空とすれば深く飛んでいき続けると言った方が正しいだろう。

 そして たどり着く。
 聞いて欲しい声を発していた彼女に。
 届けたい声を待っていた彼女に。

 ただの溶岩かもしれない、その一部かもしれない。誰もそれを確かめる術を持たない。
 だが、彼は確かめる。声が届いたから。
 共有する。しかし共有はされない。それを以って。
 違う者でなければ存在できないから。

 手をのばす。実感がある。
 見えない。光の中では何も見る事はできない。
 感じない。膨大な情報が感覚を覆い尽くす。
 分からない。自らも彼女も同じ存在。

 でも。

 彼はわかる。まず自らの存在だけを邪紋へと刻み込む。
 そのかき消されそうな邪紋だけを、自らの拠り所、大海の中の板キレとする。

 そして 彼は戻る。
 何も無い空の手を、誰かを引っ張るように。

 止めようとする者達がいる。
 セシル達の存在を自らで祝福するように。
 分かれていく者に嫉妬するように。

 消えろ 溶けろ いなくなれ
 様々な声が彼らを包み込む
 更に強い熱が彼らをかき消そうとする。
 熱された情報が、彼らを飲み込もうとする。

 青い空へと近づく。情報は減る。
 そして 残る。
 彼女が 自分が。

 そして 外へ、掴んだ腕を伸ばす。
 深い空の下、一人にさせるように。

 だがその一人は 一人ではない。
 助けに来たクリアの手が伸びる。
 また別の一人 それが手を差し伸べる。

 彼女はここからいなくなった。
 だが、彼女は居る。
 青い空のもとに。それを確認する。

 彼は奪い返した。聞いて欲しい声を発する者を。届けたい声をもつ者を。
 それは一人。ただ一人。

 溶岩の大河の中、彼は充実感に包まれる。
 だが、彼はまだ満たされない。
 彼はまだ自分自身になっていない。

 ただ単に、彼自身の我儘のために。

 負けたくない。
 なんだってやってやる。自分の我儘のために。
 同じにならないため、そんな理屈は後付でいい。

 ただ単に、負けたくない。

 溶岩の大河の腹の中で彼は見回す。考える。

 流れ続ける情報、とどまり続ける肉体、飲み込み続ける主体。
 それは、まるで…

 龍

 彼はそうイメージする。
 太古より、混沌が存在しなかった頃よりあった人々の畏怖の存在。
 過ぎたる自然、過ぎたる情報、理解出来ないが存在するもの。
 飲み込むもの、大きくなるもの。
 かつて大河はそう例えられたという。
 人々が本質的に、直感的に生み出したもの。
 同一ではないのに一つとして存在するもの。
 
 そして更にイメージする。
 龍自身が彼のものとなることを。
 いや 龍自身へとなることを。
 それを、奪い取る。何故ならば龍であれば龍をまた飲み込む事が出来る。

 強い煌きに光は掻き消えている邪紋がそれに呼応する。
 飲み込む。この混沌を、熱を、肉体を、想いを、情報を。

 彼の龍は空を雄大に飛ぶ強大な動物ではない。
 概念
 それを生み出す人間そのもの。
 無限に存在し、永遠に一つとして在り続ける龍。

 人間の生み出すもの、概念の生み出すもの。

 英雄

 彼はそうなる英雄が煌けるのは結果に過ぎない。
 だが英雄は産まれる。概念があれば。

 どれほどの時間を体験しただろう。どれほどの熱を飲み込んだだろう。
 どれほどの命を飲み込んだだろう。

 そこへと一人取り残された。
 身体が、鎧が、剣が、そして、乗騎が。

 彼は乗騎とともに道に立っていた。
 一人 そして一頭が。

 その後ろには彼女。
 その後ろには別の人間達の群れ。

 蒼穹の下、一人。
 確かに、立っていた。
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