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憂い
投稿日 : 2016/03/13(Sun) 02:32
投稿者 ミドリワニ
参照先
 アトラタン大陸に、ファーストロードレオンが登場して以来、人類は混沌に叛逆する術を持ち、浄化していった。
しかしそれは、エーラムを中心とする南部が中心であり、――――もちろん暗黒時代よりははるかに良くはなったが――――
北部の開放は南部に比べて遅れていた。そうしたこともあり、経済的に発展しているのはアトラタン大陸の南部である。
そうした格差が生まれ、北部と南部で徐々に対立が生まれていったことは無理からぬことだった。しかし……。

エカチェリーナ・レオノヴァはガラス窓に滴る露を払い、雪がちらつく眼下の都市を見下ろす。
最北の国、ノーザランは規模としては充分広大な国家であるし、父イサーク王も侯爵ほどの爵位(カウント)を持っている。
エカチェリーナ自身もまた、辺境伯ほどの爵位を持っている。にもかかわらず、王都であるムルマンスクの灯は、
南部の中規模都市の街の灯りが松明に例えるなら、ほんの小さなろうそくほどにしか過ぎない。
街の周囲もまた白く雪で閉ざされ、徒歩での移動はままならない。

ふと懐から、金の懐中時計を取り出して眺める。昼の2時を指しているにもかかわらず、日は昇らない。
混沌のせいではと疑いたくなるが、宰相のツヴェートが言うことには、これがこの土地の自然律であり、おかしいことではないらしい。
まさに北の果ての辺境と言った所だろう。大した産業もなく、下々の民は毎日自分の食事にありつくだけでも精一杯だそうだ。

この土地には南の土地の丘に美しく広がるぶどう畑の荘園はなく、余り豊かとは言えぬ他の北の国々に比べても、市場は活気がなかった。
目抜き通りも決して人は多いとは言えず、船が入った日だけ盛り上がりを見せる。
その船もまた、大陸を西から回ってやってくるが、この辺りまでくると、ノルドのヴァイキングたちの略奪に会うことも少なくない。
一方で東は流氷や氷の大地に閉ざされており船は通過することができない。
そうしたこともあり、港も他の都市に比べて寄港している商船は少なく、ノーザランの軍用船くらいのものしかない。

今巻き起こっている南の幻想詩連合と北の大工房同盟の争いも、このノーザランとは縁遠い。
よく言えば平和なのだが、それだけ取るに足らないとみられていることも同義だった。

南の強国ヴァルドリンドかつての王、鉄血伯ユルゲンがノーザランの事を一笑に付したこともあるそうだが、
それももはや仕方のないことにさえ、思えてくる。また一つ、拭いたばかりの窓ガラスが白く染まった。
南に近いアストラハンやサマーラは数少ない農作物の生産地域であり、ノーザランの生命線となっている。
ここを取られてしまえばノーザランが亡びることは必至だろう。
いつでも潰そうと思えばこの国を潰せるのだ。ヴァルリンドにとって。戦略的価値がないだけであり。

貧しくも、しかし慎ましやかな国。しかしそれが薄氷の上に立つガラス細工のように儚いものだという事はよくわかっていた。
どこかでバランスが崩れてしまえばこの国はあっという間に崩壊してしまう。7諸侯の忠誠がなければきっとこの国は既に滅んでいたことは間違いない。
細い蜘蛛の糸でできた橋を慎重に歩き続けなければならない。そう思うと体の中にずっしりと重いものを抱えた気分になるが、
変えられぬ道であり、イサークがそうしてきたようにエカチェリーナもそう何れそうあらなければならない。

兄がいれば、私は隣国の王族と結び、この国をより豊かにできるかもしれないのに。
政で責を負うのは本当の所好ましいとは言えなかった。政略結婚をし、花として愛でられる方がよかった。
けれど、そんな道はありはしない。

エレノアが淹れてくれた紅茶もすっかり冷め、繊細なデザインの紅茶も物悲しそうにオークのテーブルの佇んだままだった。
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