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嚆矢、それから
投稿日 | : 2017/10/01(Sun) 12:35 |
投稿者 | : nnmn |
参照先 | : http://nnhskn.topaz.ne.jp/nnmn/freo/index.php/view/22 |
セアン中心にレナートと3人のNPC兄貴を含むプロトルーデン家のお話。
「セアンとモルフェと昔の話」で出てきた昔話の具体的なところ。
(添付URLの記事で書いてるもの(途中)を一部抜粋して転記の形になります)
※※ NPC(ヘンリク&カスパル&ヴァルター等)の描写については、nnmn個人のイメージに依るものとなります。公式と齟齬が出た場合、公式での描写が優先されます。 ※※
嚆矢
投稿日 | : 2017/10/03(Tue) 19:12 |
投稿者 | : nnmn |
参照先 | : |
最初はさ、ベッドから転がり落ちたのかと思ったんだ。
慌てて目を開けて、ちゃんと布団に乗っかってるのを確認して、揺れてんのは部屋の方だってことに合点がいった。
ムルマンスクに顔出すことになった親父についていって(「お前も姫さんに挨拶しに行くか」とかで、引っ張られてきた)、帰りの船の中。たしか、晩飯時に船乗りたちが「時化が来そうだ」って言うから、さっさと切り上げて寝ようってことにしたんだっけ。
えらくひどい時化らしかった。そこらじゅうギイギイ言ってるし、よく転がらなかったもんだと自分を褒めたいくらいもみくちゃになってやがる。あのままのんびり食ってたら、顔からシチューの皿に突っ込んでただろう。
この部屋だけでもひどいことになってるし、朝から片付けなきゃなんねぇかなぁ。めんどくせぇな。なんて考えて、ふっと、「外はどうなってんのかな」と思った。
聖印を持ってからは漁師どもに混ざって遊んでたから、船にも海にもある程度は慣れていた。それでもガキだってことくらい自覚はあるし、"一線"だってわきまえている。
ただ、こんなに激しい時化は初めて体験したから、どんなもんなのか勉強しておこうか、なんて。
扉に耳を当てて探った感じ、近くの通路には船員はいないっようだし、ちょっと覗きにいくくらいバレないだろう、たぶん。
通路に出る時、なんとなく鼻に引っかかる匂いを感じたような気がしたけど、気のせいかと思っていた。
─ ─ ─ ─ ─
背中は大きかった。あいつはもっとずっとでかかった。
ぐらぐらして、踏みとどまれなくて、壁につかまる時に掛かってた弓が触れて。
(紛れもなく俺のものだ。武器庫の留め金じゃ隙間ができるから、浮具の横にロープで吊っていた)
引き絞ったのはきっと条件反射だ。
(自分の聖印がなにかなんて指を離してからやっと)
背中は大きかった。けど、あいつはもっとずっとでかくて、
ふっ飛ばされて、見えなくなって、おわりだと思った。
……大きくてさ、
赤くなって暗くなって、
─ ─ ─ ─ ─
それで終わりだ、見たものは。それだけなんだ。
それから 上
投稿日 | : 2017/10/01(Sun) 12:46 |
投稿者 | : nnmn |
参照先 | : |
最期に深く長い息が吐かれ、やがて細く掻き消えたあとも、部屋にいる者は誰も物音ひとつ立てなかった。
もう、じっと耳を澄ませる必要はなくなったというのに。まだ一言だけでも、彼が何か伝えてくれることを待ちわびるかの様で。
最初に声を上げたのはレナートだ。
鼻を鳴らすように呻いたか、枕元に縋りつくのが先だったか。一番幼い彼が堰を切ったところで、ようやく自分の頬が濡れていることの自覚に至った。
兄たちの様子を伺うなどとても出来ない。お互いに情けない顔を晒していることだろうし、必死に矜持を保とうとしている彼ら──とりわけヘンリク兄さんには、甘えも気遣いも酷でしかないだろう。
「ヴァルター様、お使いください」
魔法師から布巾を差し出される。王都への連絡が一区切り付いたのだろうか。
礼を述べて受け取り、顔を拭わせてもらう。
視界が冴えてから改めて見回せば、同様に兄たちも身なりを取り繕ったらしい。レナートの背を侍従が撫でてくれているのが見えて、一息漏れた。
侍従に礼を述べ、その傍らに並ぶ。見下ろせば、中心に男が一人横たわっている。
十日前に王都ムルマンスクへ旅立ったはずの父は、変わり果てた姿で俺たちの元へ帰った。
帰路の船上で混沌災害が発生し、その戦いの中で重症を負ったらしい。帰り着いた兵は極僅かで、その殆どが父と同じく手の施しようのない被害を受けたそうだ。
治癒魔法すら効果の及ばない瑕疵──父の姿は、見送った際の壮健さが嘘のように老いていた。肉は落ち骨は脆く崩れ、髪は真白に抜け落ちた。全身に数多の創傷が残されていたが……何よりその変貌が痛ましく映る。投影体の能力によるものだろう、と見分を執り行った治癒師は告げた。
「こんな事があっていいものか」とカスパル兄さんが憤った声が脳裏に蘇る。報せを受けて父の元へ駆けつけ、はじめに耳にしたものだ。叶うことなら今にでも武器を取りそうな様子だったが、元凶である投影体は、父の船を蹂躙したのち霞のように消えてしまったらしい。
俺達に出来るのは、父が息を引き取るまで見守っていることだけだった。
事が済むと、追弔の言葉も早々に、魔法師に促され別室に移った。お茶汲みに来た給仕に人払いを頼むと、俺達だけの話合いが始まる。
目の前で事務的な説明を述べる彼も、主を失ったことになるはずだが、表面上はいたく落ち着いているように見える。しかし顧みれば、そうした態度を取ることで冷静であろうとしたのかもしれない。事実、俺たちも淡々と話が進んでいくうちに神経が凪いだことを感じていたから。
話題はやがて"次"をどうするのかということに行き着いた。協会からせっつかれるのだろう。容易に想像できる。
「ヘンリクでいい」と口火を切ったのはカスパル兄さんだ。「親父が逝った今、順当に行くなら兄貴だろうが」
俺もそれに文句はなかった。魔法師もその様で、ヘンリク兄さんへ確認の目を向ける。
「…………」
長兄は覚悟を讃えた瞳で頷いた。父の危篤を知らされた時から、そのつもりでいたのだろう。
聖印の継承が既にあらかた済んでいたのは、数少ない幸運だろうか。俺たち兄弟以外に子はなし。母が亡くなってからも、父は後妻や妾を取ろうとしなかった。
俺達の中でレナートだけは、未だ従属聖印を受け取っていなかったが、彼はかねてより霊感の存在を見出され、聖印ではなくアカデミーでの教育を受けさせるという案が提示されていた(薦めたのはまさに対面に座る魔法師だ)。このまま混迷極まるノリリスクに置いておくより、ずっと良いのかもしれない。
そんなことを考えている間に、魔法師がタクトでやり取りをしていたようで、予想通りレナートに入学を薦めてはどうかと問いかけて来る。
断る理由はないので、頷きを返した。隣のカスパル兄さんもそうしたように思う。
魔法師はまたタクトを通して何事かの相談を始めた。入学準備にしろ、エーラムまでの船にしろ、何かと手間をかけてしまう。
しばし会話が途切れる。手持ち無沙汰になり周囲を見渡して、ヘンリク兄さんの視線に気がついた。
「なんだい、兄さん」
「……セアンはどうしている」
慎重な面持ちで問われるのは、看取りに来られなかったもう一人の弟についてだ。彼は唯一、今回の小旅行に随伴していた。
父と共に渦中に巻き込まれたはずだが、奇跡的に致命傷無く("老い"もなく)保護されていた。
「一通りの治療は終わって、寝かされているはずだよ」
治癒師から聞いたことをそのまま伝えると、兄は「そうか」とだけ答えて、遠くを見た。
その間でカスパル兄さんは足を揺すっていて、今にも飛び出しそうなのを必死に堪えているようだった。
この頃には、冷めきったお茶の替えでも貰ってこようか(給仕から受け取って以来口をつけてもない)、と思いつく程には俺は落ち着いていて。ならば、動ける範囲で兄弟のためになることをしてやるべきだろう。
弟たちを見てくると告げて立ち上がった。
「──話は後にしておけ」ヘンリク兄さんが口を挟む。「纏まってから俺が行く」とも。
続いてカスパル兄さんが腰を浮かせるのは制止される。苛立たしげに苦言を呈するのが聞こえたが、この状況で我を押し通す人ではない(一本気な人だが、それだけに義理堅いのだ)。
早急に固めるべきところは固まったはずだ。後のことは兄に任せても問題ないだろうと判断し、扉に手をかける。
伝令兵が文を手に駆け込んだのはその直後のことだ。
それから 下
投稿日 | : 2017/10/01(Sun) 12:41 |
投稿者 | : nnmn |
参照先 | : |
あの部屋にいる誰もがみんな泣いていた。
俺は後ろからただそれを見ていて、気づかれない内に自分の部屋に帰った。
しばらくひとりになりたいと頼んだからか俺に構ってる暇がなかったのか、とにかく、こっちにはほとんど誰も寄り付いていないらしい。多分気づかれていないと思う。
とりあえず、またベッドに潜り込んでおいた。治癒魔法のお陰で身体は問題ないし、そもそも怪我なんかほとんどなかったけど、ひとが戻るまでそうしておかないと小言が降ってくるだろうから。
じっとしててもろくな事出来ねぇのにな。浮かんでくるのなんか「みんな泣いてた」ことばっかだ。
ヘンリクがガキみてぇにボロボロ涙流すとこなんて、想像したこともなかったな。俺が物心ついたときには、もう大人だったし。カスパルは飲みすぎた時にたまに泣いてたけど(そういう酔い方の日はたいがいめんどくせぇ)、あいつらしくねぇくらい静かだった。ヴァルターは……そういやあいつが泣いたとこもあんま見たことない。
レナートは、今そこで泣いてる。用意された椅子はシカトして、入り口のとこにへたり込んで泣き続けてる。
『後で二人に話があるから待っていてほしい』とかなんとか、そういう事情で、ついさっきここに放り込まれた。色々と面倒がないためだろう。
「────なんで、」
嗚咽の合間にボソリと聞こえる。またなんかブツブツ言ってるらしい。
こいつがベソかくのは兄貴たちに比べりゃ見慣れていて、喚き散らした後は今みたいにうずくまってることも少なくなかった。そうなったらヴァルターとか他の兄貴達とか、あとたまに親父が、喝を入れに行ってたんだけど……今は来れる状況じゃない。
「父さん……」
なんで、といつまでたってもベソベソしている。
いつもなら、そろそろヤケになって張り手か拳の一発でも振るいに来る頃だろうに。今回くらいは返り討ちにしないつもりなのに。
「なんで…………っ」
なんで、ってさ。
わかるだろ。
(お前頭いいんだから)