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変わるもの 同じもの
投稿日 : 2016/05/02(Mon) 22:20
投稿者 stephanny
参照先
 海に沈む街ペルミ。
 ペルミは大規模な混沌災害に及び海に沈んでもなお形を変えず、いや、破壊を越えむしろ更なる未来へと進もうという活気に満ち溢れている。

 中心街より少し外れたところに立つ、一つの厳かな家。そこは先代ペルミ領主アウグスト=ボルツの家である。
 先代ペルミ領主アウグスト=ボルツは極めて威厳のある人間であった。
 享年56。七騎士の中で最高齢である。
 面長で彫りの深い顔立ち、白髪を後ろへとまとめ、鼻下には豊かな髭を蓄えていた。
 ルフェリットと違い名家の生まれである。
 無口で知られており、数少ない言葉が思慮の末発せられる、そのような人間だった。
 静へと帰結する混沌たる街そのものであるかのような佇まい。
 しかしその実は後ろ盾となるべき威厳に満ちたものであった
 また衰えはあるもののその剣が振るわれる時は間違いなく何かが滅びる、そのような説得力があった。
 しかし二年前の冬に病に倒れ、そのまま帰らぬ人となる。

 主を失った家の窓、海の街を見守るように一人の年配の女性がアウグストの写真を持ち佇んでいる。
 彼女はハンナ=ボルツ。アウグストの妻である。
 皺が刻まれた顔は優しげであり、ややぷっくりとした指が写真の中の険しい顔を撫でていた。

 彼女の好きな窓際の部屋 そこに使用人がノックをして入ってくる。
「ハンナ様、お客様でございます」
「どなたです?この混乱で今更私に会いに来よう人もそう居るとは思いません」
「ルフェリット公がハンナ様に是非お会いしたいと」
「ルフェリット公が?向かいましょう。暖かいお茶とお菓子を用意してね」

 ハンナはあまり使われなくなった応接間に向かうと、既にルフェリットが腰掛けていた。
「ルフェリット公、混乱でお忙しい中来て頂いてありがとうございます。一体どのようなご用件でしょうか」
 ルフェリットはそういえば と少し考えたようにすると素直に口を開いた。
「うーん、僕にもよくは分からないんですがねェ 此処に来てあなたと話す必要がある そんな気がしたんです」
「でしたらお茶でも如何ですか?」
 柔和な笑顔でハンナはルフェリットに茶を勧める。ルフェリットはそれを受け取り一口飲んだ
「いただきます 良いお茶です。優しくてほっとします」
「そう、なら良かった…」
「なんていうか、今回の件で何があったかということをハンナ様には聞いていただきたくて」
「街がこのような状態になってしまったことについて悪く思っている、ということかしら。
 ならばそう気にすることはない、あの人もきっとそう言っているでしょう」
「んー……そういうわけでもないのです。ですが…」
「ならそうです。ルフェリット公、一つ一つ、口にだしていただけますか?
 最近はあまり物語を聞いていないのです。あなたが何をしたか、何を考えたか、
 それらを教えていただけませんか?私の楽しみのために」
「はいっ」

 ルフェリットは話す。
 皆と話をしたこと。皆が不安に思っていたこと。王が姫に諭した事。姫がそれを受け取ったこと。
 切り出した言葉。イルベットの想い。そして姫の素直な想い。
 準備を済ませている間に感じた事。
 そして 混沌の中で感じた力。自然に発された言葉。

 ハンナはそれを聞きながら、アウグストならどうだったかということを思い出していた。
 ルフェリットが混沌の中で感じた力、それは彼の外の力だったと言っていたが、アウグストの内側から湧き出る力であったように思えたからだ。
 きっと、アウグストは心の中はともあれルフェリットのように振る舞い立ち向かっていたのだろう。
 亡き夫がもし生きていればとっていたであろう行動はルフェリットと全く同じだったのだろう。
 内なる力か、外からの力か、でもそれが発露される形は全く同じだったのだろう。そのように思った。
 ペルミそのものであるアウグストの力は、ペルミの力は変わった今も変わらずあるのだと。

 亡き夫をアウグストたらしめていた力の存在を、語るルフェリットの姿から受け取っていた。

「ありがとう、きっとあなたのその話を私は聞きたかったんだわ」
 ハンナは穏やかに、ルフェリットの目を見て言った。
 かつて荘厳な夫を優しく見守り、支えていた頃のように。
「なんとなく、そんな気がしたんです。良くはわからないのですが…」
「でも実際そうしてくださった。それを諦めずに、わざわざ私のところまできてくださいました
 ありがとう、ペルミ公」
「そう言っていただけると嬉しいです」
 はっ、と気づいてルフェリットは言葉を続ける
「僕も…先代の事を想いたくて来たんだと思います。多分、そのような人だったのでしょう、って」
「ええ…それではいろいろと私も話をさせてもらいましょうね。
 お茶もお菓子も、いっぱい用意してありますよ」

 二人は話し、聞く。
 混沌は続く。過去も、現在も、未来も。
 どんなに変わっても、いや、変わるからこそ同じようになる。

 暫くの歓談の後、ルフェリットを見送ったハンナは写真のアウグストにこう語りかける。
「もう少し、あなたに聞いてもらう話を増やしてからそっちへと行きますね」
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