さる貴族の家に生まれたが、幼少期に父が亡くなったことをきっかけにエーラムへと送り出されることとなった。
　レナートはそれ以前から混沌を感知する才能を度々見せており、兄たちがそれをアカデミー側に伝えると、魔法師としての教育を受けさせることを勧められた。
　そしてレナートはアカデミーに入学するとともに、イルフラット家の養子として迎えられることとなった。
　アカデミーに入学してからは元あった才能を開花させ、数々の学問で優秀な成績を収めた。同時期に入学した学生に比べ短期間・好成績で基礎課程を修了し、専門課程に進むこととなった。
　レナートが選択したのは静動魔法師としての道だった。物理的な存在・力の理解と操作──そこに“この世界そのもの”を感じ取り、心惹かれたのだ。
　専門課程でも類まれなる才能で高みを目指し続けたレナートだったが、修行を続ける内にその能力は身に余るほど強大なものになっていた。
　レナートの感情が昂ぶると、操る魔法の威力がコントロール出来なくなったり、意図しない事象を起こしてしまったりということが起こった。
　それを制御するために、魔法を行使する際は精神を安定させる力を持つ石を用いるようになった。その御蔭か、以降は暴走することはほとんどなくなっている。

　紆余曲折ありつつ専門課程をも修了したレナートだったが、大学課程に進もうかという折にある知らせを受け取った。
　故郷であるノーザランの地で、全土に渡る大規模な混沌災害が起こったというのだ。
　時期が時期ということもあり深く悩んだレナートだったが、最終的には一度アカデミーを出て帰郷することを心に決めた。
　既に離れた地ではあっても、故郷は故郷なのだ。その危機から逃げるような真似はしたくなかった。

　久方ぶりに踏む北の大地は大きく様変わりしていた。だが……いや、だからこそ、あの静寂と平穏を取り戻すために戦わねばならない時が来たのだとレナートは理解した。

　◇　◇　◇　◇　◇
　
　アカデミーを卒業したら、二度とこの地には帰らないつもりだった。
　イルフラット師は「公には他人でも、血の絆は切れないものだ」と言ったが、縁を切ることを決めたのは兄たちだ──幼い自分は、事情を理解しきらない内に送り出されたのだから。

　７年前、ノリリスク領主であった父が死んだ。混沌討伐に出向いての戦死だった。
　領地の命運は残された息子たちに託された。……長兄たちは、その重責を幼い弟に背負わせることを望まなかったらしい。
　長兄次兄と国の重鎮を交えた合議が行われた結果、成人として認められる齢15に満たない四男と五男を国外へ逃がすことが決まったそうだ。
　当時、自分は魔法の才能を持つことをアカデミーから見出されていた。そのため自分は学生として、既に聖印を持っていた四男は治世のための勉学という名目で、まとめてエーラムに送り出そうということになった。
　エーラムからの迎えはすぐにやってきた。しかし復路の船が出るその日、四男は兄弟たちの前から姿を消した。定められた時間になっても奴は現れず……自分だけが船に乗せられ、エーラムへ向かうこととなった。

　そしてエーラムへ到着してから、四男が父の仇を討ちに行って敗れ、そのまま旅に出たことを聞かされた。
　────卑怯だ、と思った。
　数年後、ついに領主の座を継いだと聞いて、その思いは更に強く。

　だから、少なくとも領主が変わるまではあの場所には帰らない。そう決めていた。
　しかし再び故郷を……さらには国全土を大きな災厄が襲ったと聞き、ここであの地に行かなければ幼い時と変わらないと思った。
　だから、帰ってきたわけじゃない。この地の災厄を収めるために──自分の力を証明するために、魔法師としてやってきたのだ。
　今の自分には戦う力がある。今度こそ、国の重鎮として貢献してみせるのだと決意して。